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by mado_nf

10月の読書・ことしの秋は仏像に会いに行きたいぞ。

ということは…「京都」か。



いえいえ、今すぐってわけじゃないけど、行けるといいな~、京都・奈良♪





柴門 ふみ は書いています。
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仏像の何がそんなにいいのですかと聞かれると、
「好きなものは、好き。恋と同じ。ある日突然、仏像と恋に落ちたのさ」
と、わたしは答える。
「仏像にお詳しいんで」
「いいえまったく」
「専門的な勉強をなさったので」
「入門書一冊、ろくに読んでおりません。ミロクと観音がどういう位置関係かもいまだあやふやです」


※「ぶつぞう入門 /柴門 ふみ」 より

ぶつぞう入門 (文春文庫)

柴門 ふみ / 文藝春秋


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わたしもある日突然恋に落ちた。

そのある日というのは、遡ることン十年。と言えば高校生。
田舎の山奥の街道沿いに建つ仏像(たぶん観音像)に魅入られた。


高校3年生の夏休みには浄瑠璃寺の九体阿弥陀如来像にあいにも行った。


その恋は初恋のようにはかなく、成就しなかったけれども、昔の恋人を思い出すようにときおり恋しくなり、数年前にはこんな絵を描いてみたりした。


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柴門 さんは言っておられます。
「入門書一冊、ろくに読んでおりません。」
「ミロクと観音もあやふや。」


そうそうそうなの~。
わたしもそう。
こんなわたしでも仏像が好きって言っていいのね(はあと)。

と、思わせてくれる。




仏像に会いに行こう―美術の見かた・感じかた

副島 弘道 / 東京美術


「たいていの仏像はじっとしていて、動けない。だから昔から、仏像には、こちらから会いに行くものと決まっている」…とはじまる。

いきなり「おおそうであったか!」と深く感銘。この一行でもって借りる決心をする。

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引用「お経と仏像」
仏師たちは、お経のきまりどおりに、仏像を作っただけでなく、どの時代のどんな作家たちもするように、創意と工夫をこらしながら仏像をつくっていたにちがいない。

だから、仏像には、その時代のものの見方や作家の理想が反映されている。それを知りたい、という立場に立つと、仏像をみても、お経の教えとは関係ない、いろいろなことが気にかかってくる。


引用「平安時代の仏像」
仏像修理のお手伝いをするとき、この時代の仏像の目鼻はこうで、手の肉付きはこうで、と立場上、こちらの意見を伝えるが、仏師さんは、かならずしもその通りには作ってくれない。彼には彼のイメージがあるのだ。

一応、「はい、そうですね」と言ってくれるが、こちらは作れないのだから、最後は仏師さんのイメージどおりに修理は完成する。

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仏師…作る人の立場にたったお話がとても興味深く面白いです。「腕の見せ場」などの話もでてきます。

いちどゆったり、まったりと仏像に会いに行きたくなる本です。


で、こんな本を図書館に見つけ、借りて読んでしまうわたしってば、今はやりの仏女になるのであろうか。

二冊読んだからと言って、結局、お寺や仏像に詳しくなったわけではなく以前同様あやふやなまま。
そんなですのでいろいろ聞かないでくださいね(笑)。
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by mado_nf | 2009-10-13 09:10 | 覚え書き